古民家の宿 川の音

用途 旅館
場所 群馬県神流町
構造 木造2階建て
修繕・増築・用途変更
規模 建築面積:314.98㎡(増築84.67㎡)
延床面積:424.87㎡(増築83.95㎡)
敷地面積 1631.38㎡
竣工 2018年5月
設計・監理 UG開発マネジメント + kappa
構造設計: MID研究所
設備設計: ZO設計室
照明計画監修:コモレビデザイン
外構基本設計:ふるうち設計室
施工 黒澤建設
建築: 金澤工務店
設備: クシダ工業
電気: 東栄電工

集落の歴史と今

神流町は群馬県南西の山間部に位置し、清流神流川の上流にある美しい町です。もともと水田はなく、炭焼きや石垣のだんだん麦畑など山村の営みの跡が残されていますが、今は広葉樹と杉の混在する林の中に隠れています。集落はパラパラと点在し、明治期に国によって奨励された養蚕のための農家の大屋根がその風景の特徴となっています。


現在は過疎・高齢化が進み、山の手入れは進まず休耕地が目立ち、空家の数も増えています。今目に見える風景は過去の営みによって形成されてきたものですが、実際の人々の生活はそこから大きくずれてきています。このプロジェクトは空家となった養蚕農家を町が買い取り、宿泊施設として整備して町の活性化の一助とするものです。未来にどのような風景を引き継いでゆけばよいのか、この大きな課題に対して日本のあちこちで行われている小さなチャレンジの中の一つです。

建物と敷地のポテンシャル


今回改修した建物は、明治期に建てられたこの地域の標準的な養蚕農家です。その特徴は第一に養蚕工場であること。総面積400平米を超える巨大な建物で、2階は養蚕空間を最大限確保するためセガイ造り(1階から床が張り出す構造)で階高もたっぷりとられ、屋根も当初は杉皮葺きで機能優先の素朴な作りであったと考えられます。それに対して1階の居住空間は階高が2.2メートルしかない最低限の寸法となっています。


養蚕農家の多くは今では持て余されており、それらを今後どのようにするかは難しい問題です。今回のプロジェクトは、そのような農家の一つが町所有の旅館として用途を替えて引き継がれることとなった特別なケースです。地域の人々の記憶を継承すると同時に、宿泊に訪れる人も特別な体験ができる場所とすることが求められ、大屋根が作る集落の風景を再生すること、養蚕空間を宿泊体験として継承することをテーマとしました。


既存建物は大屋根の載る母屋だけを残し、旅館の新しい機能である厨房と浴室は増築しました。大屋根には、養蚕をやめてから取り払われていた越屋根を復活させ、新しくいぶし瓦に葺き替えました。外壁は、建物の顔とも言える妻面のヤギリだけを残し、傷んでいた土壁は落として新たに町産のヒノキ材で覆っています。


母屋2階の元養蚕室を客室とし、頭上にススで真っ黒になった小屋裏をまるごと残しています。野地板、垂木、スノコなど、あらけずりで必要最小限の寸法しかない部材を丁寧に大工さんに加工してもらいました。

新しいものと古いもの 空間構成と素材


1階はもとの農家の空間構成を踏襲しつつ、少しずつ調整して現代の用途に寄り添わせています。土間には新たに鉄平石を敷き、受付のある板の間は一段下げ、さらに座敷の一部は掘り下げてテーブル席を設けています。


囲炉裏を新設し、その周りに一めぐり座敷の畳を残しました。建物外周の廊下はアルミサッシの位置を室内側に付け替え外部縁側とし、窓外には新しく整備された庭が広がります。


2階の客室に入ると、1階の黒い空間とは対比的に白い空間が現れます。コルク張りの床に白い和紙壁紙と生地の木を使った無国籍なインテリア。4つの客室の窓からはそれぞれに違った風景が目に入り、見上げると黒い小屋組が広がります。


新しい材と古い材はどちらも顔料入りの柿渋で黒く塗られ、一体となって農家の記憶を留めます。100年前と変わらない伝統的な大工技術を用い、新しいものと旧来のものが混ざりあう、おとなしいけれども強さを秘めた空間を目指しています。

新しいものと古いもの 法規と技術


現代の建築法規では、木組み=燃えるものをそのまま見せることが簡単にはできません。ここではスプリンクラーを設置して内装の規定を緩和しています。また、新しい越屋根の法規上の機能は排煙窓です。明治時代の住宅を現代の旅館の法規に合わせるためには多くのハードルがあります。
一方で、既存の柱の根元を大工さんが「金輪継ぎ」で直してくれました。立ったままの柱の足下への加工は手間がかかり、柱を丸ごと交換する方が楽なのでなかなかやってもらえない作業です。古い建物だからこそ活かされる技術もあります。

古くて新しい風景


遠景を山々に囲まれ、中景に集落の民家、近景には敷地内の庭があり、建物と一つのまとまりとなって宿泊空間が成立しています。この町の多くの人が造園のプロ(神流町は三波石の産地)とあり、外構には彼らの創意工夫が込められました。運営も町の方たちが担います。元の住人はいなくなったが旅行者の宿となり町の人が集う場所となる。畑はなくなり庭と駐車場なったが、新しい誰かが世話をしてくれる。山と川と大屋根は変わらない。町の人々の愛情が注がれ、大切にされる建物として、新しい風景を作って行って欲しいと思います。

■ 旅館ウェブサイト : http://www.kawanone.jp